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 ウルは走った。
 一刻も早く、クロシェットをザックから引き離さなければならない。

 英雄に恥をかかせた。
 王族の婚姻に泥を塗った。
 この国はもう、クロシェットにとって安全な場所ではなくなっている。


「ウル、もう良いわ……」


 クロシェットが呟く。
 ウルはなおも風を切りつつ、クロシェットの言葉に耳を傾ける。


「もう、どうでも良い。このまま消えてしまいたい」


 涙がクロシェットの頬を伝う。

 待っていた。
 信じていた。

 会えばきっと、笑ってくれる――――遅くなってごめんと言いながら、抱き締めてくれると思っていた。

 けれどそれは、クロシェットの幻想に過ぎない。

 ザックは彼女を裏切った。
 まるで、はじめから存在すらしなかったかのように扱った。
 己には何の価値もないと思い知るには十分だった。


『そんなことを言うな! この国を守ったのはあいつじゃない。クロシェットだ! 君が頑張ったからこそ、この国の民は救われたんだ!』


 ウルが叫ぶ。
 クロシェットは首を横に振った。

 彼女の功績なんて、誰も知らない。

 そもそもクロシェットは、国を守ろうなんて大それたことを思ったことはなかった。
 全てはザックのためにしたことで、彼が居なければ何の意味もないのだから。