※追加更新終了【短編集】恋人になってくれませんか?

 手を繋ぎ、互いに上っ面の愛を囁きながら街を抜け、郊外を歩く。
 やがてあたし達はダミアンの屋敷に辿り着いた。


「…………あれ?」


 と、ようやくここでトミーの目が覚めたらしい。あたしはゆっくりと目を細めた。


「アイナさん、どうしてここで立ち止まるのですか?」


 ここじゃない。
 ここである筈がない――――彼の瞳は困惑を隠せずに揺れている。


「まぁ、トミーさまったら。この先に家などございませんわ。トミーさまならご存知でしょう?」


 ダミアンの屋敷の裏手には、暗く広大な森が広がっている。あたしの目的地がここだって、少し考えたら分かる筈なんだけど、下半身でしか物が考えられなくなっていたのかしら? そう思うと笑えてくる。


「さぁ、家に上がってください。わたくしに貴方のことをもっと教えて?」

「い、いえ……俺はこの家に上がるわけには…………」


 ダミアンは余程恐れられているらしい。彼は可哀想なほどにブルブルと震えている。
 悪事を働いていなければ――――或いはさっさとこの街から出ていけば――――ダミアンに目を付けられなかっただろうに。


「まぁ、そんな悲しいことを仰らないで? 是非、主人にも会っていただきたいわ」

「主人⁉ ――――貴女の言う主人って」

「当然俺のことだ」


 トミーの背後からダミアンが優しく囁きかける。トミーの悲鳴が響き渡った。
 闇夜から唐突に姿を表した彼は、恐ろしい悪魔そのもの。だけど、相手が唯の人間だからか、今の彼には角も翼も生えていない。


(人間に擬態して尚、悪魔にしか見えないって……)


 全くもってとんでもない男だ。
 まぁ、聖人ぶった元婚約者よりは、余程好感が持てるのだけれど。