愚か者の話をしよう。
 救いようのない程、馬鹿な男の話を――――。



「シェイマス様!」


 一人の令嬢が、息を切らして僕の元に駆け寄ってくる。
 上品に切りそろえられたストレートヘアに、アメジストのような紫の瞳。爪は綺麗な薄紅色に染められ、側に居ると花のような甘ったるい香りに包まれる。

 令嬢の名前はミランダ。我が国の聖女であり、伯爵家の令嬢だ。


「会いたかった、シェイマス様!」

「会いたかったって……朝、一緒に通学しただろう?」


 城内に部屋を与えられたミランダは、毎朝僕と一緒に通学している。それなのに、学園内で僕の姿を見掛ける度に、彼女はこうして満面の笑みで駆け寄ってくるのだ。


「それでもお会いしたかったんです。良かったぁ……こっちの道を通って正解でした!
これからどちらに向かわれるんですか? わたしも一緒に行きたいなぁ」


 そう言ってミランダは、僕の腕へギュッと抱き付く。上目遣いでこちらをそっと見上げてくるその表情に、まるで小動物の相手をしているような気分になってくる。僕が小さく笑えば、ミランダは満足気に瞳を細めた。


「殿下」


 その時、ミランダの反対側から、鈴の音のように可憐な声音が響いた。