(もしかしてレグラスは)


 ずっと、自分の想いを抑えてきたのだろうか。私が彼と婚約してしまったから。他に好きな人がいるのに、ずっとずっと――――。


「それでね? レグラス――――ずっと考えていたのだけれど」

「はい、何でしょう?」


 答えたレグラスは、既にいつも通りの彼に戻っていた。感情の見えない、人形みたいな顔。何度か深呼吸をし、私はそんな彼と向かい合う。喉がカラカラに乾いて、心臓が嫌な音を立てていた。


(だけど、もしもレグラスが幸せになれるなら)


 彼が心のままに笑えるようになるなら、こんな痛み、かすり傷だ。


「――――私達の婚約を破棄したいの」


 静かな部屋に私の声が木霊する。レグラスは小さく目を見開いていた。私のことでも心動くことがあるのかと――――そう思うと少しだけ気持ちが救われる。情けない顔をした自分を見られずに済むよう、私はそっと踵を返した。


「生まれてくるのが弟なら、私が女王になることは無い。だったら私は、国益に繋がるよう他国に嫁いだ方が良いと思うの」


 (もっと)もらしい理由を口にして、私は笑う。
 正直言って、レグラスと婚約破棄をしたら、国内外を問わず、私と結婚しようというものは出てこないと思う。今の私は、自分の結婚が相手に迷惑を掛けるだけだと分かっているし、疵のついた王女を引き受けたいと思う者はそうはいない。それに――――。


(私――――レグラスのことが好きだったんだ)


 純然たる政略結婚だったし、彼が自分の心の中を私に見せてくれることは無かった。けれど、それでも私は彼が好きだったのだと気づく。


(気づいた途端に失恋するなんて、相当馬鹿だけど)


 きっと、私は彼以外の人との結婚を受け入れられない。だったら、結婚せずに王族として公務を行う方が良いだろう。


(いや――――それはそれで、税の無駄遣いってことになるんだろうか?)


 そう思うと、つくづく、自分が人に迷惑を掛けるだけの存在な気がしてきた。正直言って泣きたい。泣いた所でどうにもならないと分かっているけれど。