ティアーシャの瞳から涙がポロポロと零れ落ちる。
 エミールは本当に、ティアーシャに何の関心も示さなかった。同級生の男性を屋敷に招き入れたことも、寧ろ喜んでいる様子であったし、ティアーシャをその目に映しはしない、声も聴かない。婚約者としての形ばかりのやり取りすらも交わしてはもらえなかった。


「あなたは何と言うか……不器用な人ですね」


 ノアがそう言ってハンカチを差し出す。愛らしい刺繍の施された薄紅色のものだ。


「ありがとう」


 受け取りつつも俯いたままのティアーシャに、ノアが微かに苦笑を漏らす。


「早く拭かないとドレスが染みになりますよ?」

「……良いのよ、もう」


 ドレスなど気にして何になろう? ティアーシャにはもう、自分が何を求めていたか分かってしまった。そして、それが決して手に入らないということも。


「ほら。貸してください」


 ノアはティアーシャからハンカチを奪い取ると、ポンポンと丁寧に拭ってやる。あまりにも優しいその手付きに、寧ろ涙が溢れ出た。