「いえ。そもそも大した画材を持参していませんし、一枚をじっくり描き上げるよりも数量が多い方が良いでしょう? 仕上げは俺の家でやった方が効率が良いですから」


 ティアーシャは承認欲求を満たしたいだけなのだから、重視すべきは質より量だ。他人に『すごい』『いいね』と言って貰うのが目的なのだし、一枚一枚に時間を掛ける必要はない。


「だけど、時間を掛けた渾身の一枚を描いた方が、ディートリヒ様にとって良いんじゃありませんこと? そりゃあ元々お上手ですけど、そちらの方が皆の称賛を集めるに違いありませんのに」

「俺は、誰かに褒められたいと思ったことがありません」

「え?」


 ノアの返答に、ティアーシャが目を見開く。予想通りの反応に、ノアは思わず小さく笑った。


「称賛など求めていません。ですから、貴女の目的を優先していただければそれで……」

「褒められたいと思わないんですか?」


 ティアーシャが尋ねる。表情から、彼女の困惑ぶりが手に取るように分かった。


「ええ」

「認められたいと思わないの? 本当に? 全く?」


 どうやら信用していないらしい。ノアは静かに頷いた。


「そりゃあ、俺だって褒めて貰えるのは嬉しいですよ。だけど、それはあくまで結果論であって、目的じゃありません」


 ティアーシャはまるで迷子のような表情でその場に佇んでいた。普段、自信満々な笑顔ばかりを見ているため新鮮だ。どちらかといえば、こういう表情をこそ絵に残したいとノアは思う。


「さあ、次は何を描いて欲しいですか?」


 問い掛けに、ティアーシャは気を取り直したように微笑む。
 それから、侍女達と共に次の題材となるドレスを選び始めた。