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 それから数年の時が流れた。

 家督を継いだクロノスは、ブラウン公爵家の令嬢と結婚をし、可もなく不可もない人生を送っている。
 可もなく、なんて表現になってしまう理由――――それをクロノスも理解していないわけではない。

 長年彼の婚約者であったエリザベスは、とても美しく聡明な女性であった。クロノスの癒しだった。そんな彼女と会えない日々は、クロノスの心に大きな穴を開けてしまったのだ。

 婚約破棄の後も、クロノスは何度か伯爵家を訪れた。エリザベスにその後、新たな婚約者が見つかったのか。どんな風に過ごしているのか気になったからだ。
 けれど、彼女と会うことは出来なかった。
 手酷い門前払いを喰らったし、屋敷からはエリザベスの気配すら窺えなくなっている。


(リジーは今、どうしているのだろう)


 ふとした時、クロノスはそんなことを考えてしまう。


 そんなある日のこと。
 長年病床に伏していた国王が譲位を表明した。

 けれど、王太子の座にあった王子は数年前、若くしてこの世を去っていた。彼の他に、王の子は存在しない。このため、王位を継ぐのは、国王とさして年齢の変わらぬ王弟だろうと、皆が噂していた。
 しかし、王が明かした後任者は思いがけぬ人物だった。


『王位を継ぐのは――――我が娘だ』


 存在を秘匿された姫。正当な王位継承権を持つ娘の存在に、激震が走る。
 一番焦ったのは王の弟や、その側近たちだった。

 数年前の、王太子の死。それは王弟やその側近たちの陰謀だった。

 病床の国王に新たに子を成すことはできないし、長く玉座に居座ることはできない。次の王位は自分たちの元に転がり込むもの。そう思っていたのに――――。


「王弟とその一派には私の兄を殺害した罪を償っていただかなくてはなりません」


 玉座から凛とした美しい女性の声が響く。


(何故……どうしてこんなことに?)


 クロノスは今、頭を床先に擦りつけ、新たに即位した女王へと跪いていた。