(まさか今、そんな単語をこの男から聞くことになろうとは)


 クロノスの瞳は、キラキラと希望で輝いている。きっと彼は、周囲からチヤホヤされたり、王族の側近として重用される未来を想い描いているのだろう。エリザベスは何やら気の毒に思えてきた。


「そういうわけだ。リジーのことはとても素敵な女性だと思っている。けれど、俺は君とは結婚できない!」


 この場に全くそぐわない幸せそうな笑み。
 彼には彼の正義がある。これが家のために正しいことだと信じて疑っていない。エリザベスの心を傷つけていることにも気づいていない。


(本当のことを伝えるべきなのだろうか)


 けれど、真実を伝えたところで、彼はエリザベスの話を信じてはくれないだろうし、誰だって手の届くところにある幸せを優先する。


「分かりました」


 ニコリと穏やかな微笑みを浮かべながら、エリザベスは頷く。クロノスは瞳を輝かせると、勢いよく立ち上がった。


「分かってくれるのか?」

「ええ、もちろん」


 そう答えるや否や、エリザベスはクロノスの腕に包まれていた。小さく音を立てて心が軋む。


「ありがとう、リジー!おまえは本当に最高の女だ」


 ひたすらに真っ直ぐで熱い、酷い男。けれど、エリザベスはこの男が嫌いじゃなかった。
 だからこそ、この男にとって一番残酷な形で、制裁を加えることを胸に誓う。


「もう二度と、あなたにお目にかかることはありません」


 クロノスの腕の中でそう呟くと、エリザベスはニコリと笑うのだった。