「先日の夜会であちらの御令嬢が俺に一目惚れしたらしい。可愛い娘にせがまれちゃ、公爵も嫌とは言えないだろう?それで今回正式に結婚の打診があった、というわけだ」


 テーブルに備え付けてあった茶菓子を手に取りながら、クロノスは得意げに笑う。エリザベスは唇を引き結びつつ、クロノスの向かいに腰掛けた。


「けれどクロノス。お忘れですか?あなたは私の婚約者ですのに」

「当然忘れてなどいない!」


 まるでこの世の全てを手に入れたかのような婚約者の表情に、エリザベスはため息を漏らす。


「二股などすれば地獄に落ちるからな。リジー、今日はおまえとの婚約を破棄しに来たんだ!」


 聞き間違いようの無いほど、ハッキリと紡がれる言葉たち。恐らくクロノスは、エリザベスへの申し訳なさ等、微塵も感じていない。


(タイミングが良かったと言うべきなのか、悪かったと言うべきなのか――――)


 机に仕舞った分厚い手紙。その内容を思い返しながら、エリザベスは小さく唸った。
 婚約者として過ごしてきたこの数年間を思えば、多少は心が痛む。二人の仲は良好だったし、この良くも悪くも愚直な婚約者を、エリザベスは慕っていた。


「……いくつか確認をさせてください」

「なんだ?リジー?」


 クロノスは微笑みながら首を傾げる。


「あなたのお父様はこのことを御存じなのですか?」

「当然、知らん。俺と公爵との間で決まったことだ」


 やはりそうか、と思いつつもエリザベスは頭がクラクラした。彼の父親とも、幼い頃からの付き合いである。クロノスの父親がこれから味わうであろう心労を思うと、こちらまで心が痛む。なおも得意げな表情を浮かべているクロノスを、エリザベスはそっと見上げた。


「伯爵令嬢である君に比べ、あちらは公爵令嬢だ。おまけに王族にも近しい。未来の家長として、どちらの家と婚姻を結ぶべきかなど、自明の理だろう」

「王族、ですか」


 エリザベスは思わず乾いた笑いを浮かべる。