「リジー聞いてくれ!」


 そんな言葉と共に、自室の扉が勢いよく開く。エリザベスは顔を上げると、手に持っていた分厚い手紙をそっと机に仕舞った。


「如何しましたか?クロノス」


 エリザベスは立ち上がり、婚約者クロノスへ向けてそっと微笑む。
 漆黒の長い髪、紅い瞳、端正な肉体を持つオオカミのような男。けれど、その瞳は人懐っこく細められている。
 彼とは幼い頃からの付き合いだ。こうした不躾な訪問も、互いの信頼の証なのかもしれない。そう思うと少し、穏やかな気持ちになれた。


「ブラウン公爵から、結婚の打診があったんだ!」


 クロノスは興奮したように捲し立てると、満面の笑みを浮かべる。


「まぁ……それはそれは」


 ブラウン公爵というのは、先々代国王に縁の有力貴族だ。結婚相手となる公爵令嬢はたしか、まだ14歳という若さの、可愛らしく素直な娘である。


「喜ばしいだろう?な?」

「はい。おめでとうございます」


 エリザベスは恭しく頭を垂れると、笑みを浮かべた。


「お父様もさぞお喜びのことでしょうね。クロノス様に続いて二男であるサイラス様まで良縁に恵まれたのですもの。年齢もお似合いですし、私も嬉しいです」

「いや、それは違うぞ?」


 そう言ってクロノスは何故か眉間に皺を寄せた。


「違う、とは?」

「結婚を打診されたのは弟じゃない。この俺だ!」

「…………は?」


 思わぬ言葉にエリザベスは目を見開く。クロノスは我が物顔でソファに腰掛けると、エリザベスを手招きした。