(だけど、本当に引き返せたのだろうか?)


 グイグイと心臓が押し潰されるような心地を覚えつつ、わたしは己に問いかける。

 こんな時ですら、わたしはアントワーヌ様に会いたいと思っていた。声が聴きたい。彼に会って、笑い掛けられたいと、そう思っていた。
 アントワーヌ様に見つめられるたび、わたしのことを尋ねられるたびに、特別な何かがわたし達の間に存在している様な気がしてくる。もしかしたら、彼もわたしのことを好きなんじゃないか。いつか、アントワーヌ様と結婚ができるんじゃないか――――そんな風に期待をしていたのだ。


(馬鹿みたい)


 アントワーヌ様がわたしの気持ちに気づいていたのかは分からない。けれど、彼にとってわたしは何者でも無かった。……ううん、もしかしたら気づいていて弄んでいたのかもしれない――――そう思うと、胸が痛くて堪らなかった。


 その日からわたしは、図書館に通うことを止めた。他に婚約者のいる方とお会いするわけにはいかない……好きでいるわけにはいかないから。
 けれど一人で居ると、どうしてもアントワーヌ様のことを考えてしまう。仕方なく、わたしはサロンへの顔出しを再開することにした。他人に合わせて笑うことは苦痛だったけど、失恋の痛手よりはマシだ。華やかな話題に身を投じていれば、虚しさも紛らわせやすいと自分に言い聞かせた。