彼に婚約者がいると分かったのはほんの一か月前。偶々聞こえてしまったクラスメイト達の噂話がキッカケだった。


「――――父から聞いたの。シャルレーヌ様はなんでも、すごく幼い頃に婚約を結ばれたんですって。お相手は従弟らしいんだけど、あまり目立つタイプじゃ無いそうよ。わたくし達の一つ年上で、アントワーヌ様って仰る方だとか――――」
「もしかして侯爵家の? 勿体ないわ! シャルレーヌ様は将来、社交界の花になる御方なのに」


 話を聞いた瞬間、わたしは目を見開いた。衝撃と悲しみが、一気に胸へと押し寄せる。ギュッと胸元を押さえつつ、わたしは静かに目を伏せた。

 シャルレーヌ様は社交に疎いわたしでも知っているような有名な御令嬢だ。
 その類まれな美貌と財力から、他の令嬢に与える影響力は絶大で、学園内でも一二を争うサロンの主。彼女の派閥に入ることができれば、将来は安泰――――逆に目を付けられてしまえば社会的に死ぬとまで言われる方だけれど、あまりご自身のことを語るタイプではないらしい。これまでわたしは、シャルレーヌ様に婚約者がいるという話を聞いたことが無かった。


「そうなの。しかも最近、シャルレーヌ様はアントワーヌ様のことでお心を痛めていらっしゃるのだそうよ? なんでも、お二人が深刻そうな表情で何かを話し込んでいるのを見た方がいらっしゃるんですって。お気の毒なシャルレーヌ様」
「まぁ……一体何が理由なのかしら? まさかシャルレーヌ様がいらっしゃるのに、他に恋のお相手がいる……なんてことは無いでしょうし」


 続けざまに、わたしの心臓が大きく跳ねる。


(まさか……わたしのせい?)


 そう思いつつ、胸の動悸が収まらない。
 アントワーヌ様とわたしは、殆ど毎日、図書館で逢瀬を続けていた。想いを確かめ合ったわけではないし、手を握るだとかそういう触れ合いがあるわけでも無い。けれどわたしは、どうしようもない程にアントワーヌ様のことを好きになっていた。


(だって、婚約者がいるなんて知らなかったのだもの)


 知っていたら、こんな風に惹かれはしなかった。言葉を交わしたり、二人きりで会うこともなかった。そんな風に自分に言い訳をする。