「サロンが少し……苦手なので」


 そう答えつつ、わたしは殆ど顔を上げることが出来なかった。アントワーヌ様がわたしを見ている――――そう思うだけで心臓がドキドキする。彼は「座っても良い?」と断りを入れた上で、わたしの向かい側の席に腰掛けた。


「魔術書が好きなの? この間から何冊も読んでいるみたいだけど」


 そう言ってアントワーヌ様は穏やかに微笑む。そんな所まで見ていらっしゃったんだと思うと、恥ずかしさで頬が紅くなった。


「それもありますけど……卒業したら宮廷魔術師として働きたいと思っていまして。折角だからここで勉強を、と」


 それからわたし達は、二人で色んな話をした。

 彼がわたしの一つ年上で、侯爵家の長男だということ。本が好きで、社交が苦手だということ。爵位を継ぐまでの間、宮廷で文官として働くつもりだということ。流行り物ではなく、普遍的な物が好きだということ。話せば話すほど、真面目で誠実な人柄が感じられる。
 穏やかで優しい気性。かといって、ご自分の意見が無いわけでも無く、論理的で聡明。そんなアントワーヌ様に、わたしは見る見るうちに惹かれていった。


 けれど、アントワーヌ様は一番肝心なこと――――彼には既に婚約者がいるということを、わたしに教えてくれなかった。