(ただ貴族に生まれたというだけで、本当に尊ばれる必要があるのだろうか? 自分で稼いだ金でもないのに、何故あんなにも偉そうにできるのだろう――――)


 そんな風に思うあたり、わたしは元々貴族に向いていないのだろう。ある日を境に、わたしはサロン通いを止めた。

 代わりに通い始めた場所が、学園内にひっそりと存在している図書館だった。
 図書館には、古い歴史書や魔術書、小説なんかが置いてあった。サロンで紹介されるのは小難しい哲学書や学者の論文みたいな身の丈に合っていない文学書が多いけれど、ここは違う。大衆向けだったり、専門的だったり、ラインナップは様々だけど、誰かの機嫌を取るためではない、本当に読みたい本が揃っている。

 そこでわたしは、将来に向けた準備を始めることにした。普通に結婚してしまったら、わたしに待ち受ける生活はサロンでのそれと同じになるもの。だから、若い頃の母と同じ職業――――宮廷魔術師を目指すために勉強を始めたのだ。

 そうと決めてしまえば、周りの目や雑音は一切気にならなくなった。『変わり者』と噂をされても、嫌味を言われても大したダメージはない。わたしは遠慮なく図書館に入り浸った。



「――――君、いつもここにいるね」


 そんなある日のこと、わたしは一人の男性から声を掛けられた――――アントワーヌ様だ。

 落ち着いた色合いのブラウンヘアにヘーゼルの瞳。貴族社会に必要な華やかさには多少欠けるものの、目鼻立ちのハッキリした美しい顔立ちをしていて、どこか理知的な印象を受ける。キッチリと一番上までボタンの留められたシャツは、着崩しファッションが流行の現代において、珍しい着こなし方だ。

 とはいえ、彼を見掛けるのはこの時が初めてではなかった。わたしが図書館に通い始める以前からアントワーヌ様はこの図書館の常連だったらしく、いつも窓際の特等席に座っていた。気取った様子もなく一人静かに本を読んでいるアントワーヌ様は綺麗で、わたしは密かに憧れを抱いていたのだ。