「シュザンヌ――――君に伝えたいことがある」


 目の前の貴公子――――アントワーヌ様はそう言って眉根を寄せた。ヘーゼルの色合いをした瞳が揺れ動き、わたしを熱っぽく見つめている。ギュッと握られた手のひらが、信じられないほどに熱い。


「わたしは……アントワーヌ様とお話しすることはございません」


 答えつつ、わたしはそっと目を逸らした。
 本当は二度と、彼と会うつもりは無かった。会えば心が揺れ動く。苦しくなると分かっていたから。


(馬鹿だなぁ、わたし)


 本当は苦しみと同じぐらい、アントワーヌ様に会えて嬉しいと思う自分がいる。馬鹿みたいに身体が熱くなって、涙が零れ落ちそうになる。振りほどかなければならないと分かっているのに、繋がれた手の温もりを噛みしめてしまう。

 彼には――――わたしの他に婚約者が居るのに――――。


***

 わたしがアントワーヌ様と出会ったのは半年ほど前のこと。
 我が国の貴族は、16歳になると王立学園に通うことになっている。同年代の貴族達が互いに顔見知りとなり交流を深めること、貴族としての礼儀や責任感を学ぶこと、また将来文官や騎士、宮廷魔術師となる才のあるものを見出すことがその目的だ。

 何よりも社交を重んじる国柄のため、学園内にはホールや談話室が山ほど存在し、連日社交界さながらの賑わいを見せている。会話の内容は流行りのドレスや髪型、化粧や香水、絵画や音楽、文学作品についてと非常に多岐に渡るのだけど、それらは基本的に、高位貴族の自慢話を延々と聞く場だ。高位貴族においては知識や財力を他人に見せつけること、下位貴族はそんな高位貴族を上手に持て囃すことが、それぞれに求められるスキルらしい。

 けれど、わたしにはそんな学園生活が苦痛で堪らなかった。
 どの派閥に属するのか、派閥同士の争い、好きでもないのに購入しなければならない宝飾品の数々――――正直言ってうんざりだ。