ヒューゴとの生活は、実家でのそれとは比べ物にならない程、温かく和やかなものだった。義母やスカーレットからは、顔を合わせるだけで冷たい言葉を吐かれていたブリジットが、今では毎日思いやりの言葉を投げかけられる。
 ブリジットが好きなものは何か。何か困ったことは無いか。行きたい場所、やりたいことは無いか。ヒューゴはブリジットの負担にならないよう、少しずつ、優しく尋ねてくれる。
 生まれてこの方、褒められたことなど無かったというのに、ヒューゴや使用人たちは、事あるごとに、ブリジットの立ち居振る舞いやセンス、些細な変化にも気づき、それを言葉にしてくれる。誰かと一緒に食事を摂れるというのも、ブリジットにとっては初めての経験だ。

 けれど、ブリジットにとって何よりも嬉しかったのは、自分の存在が受け入れられたことだった。これまで散々『愛されていない』だの『いらなかった』だの言われ続けてきたのだ。『自分はここに居ても良い存在』なのだと思えることは、あまりにもありがたく、幸せなことだった。


(幸せ? 結婚生活に幸せが存在するの?)


 それは、ブリジットにとって、とても不思議な感覚だった。
 物心ついた時から、義母はいつも不幸せそうだった。外から見れば至って普通、幸せな家庭を装ってはいたが、実際は父の帰りはいつも遅く、帰ってこない日も多かったし、義母に対して愛情を持って接していたとは言い難い。だからこそ、義母はブリジットに対して『おまえは愛されていない』と口にし続けた。本当は自分自身が愛されていないことを分かっていて、それを認めたくなくて、ブリジットを感情のはけ口にしていたのだ。


(義母様はお父様との結婚に夢を見ていたから)


 だから今でも、理想と現実のギャップに苦しみ続けている。自分だけが愛され、認められ、妻として尊重されることを望んでいるのだ。