その晩。ロゼッタがアビゲイルの部屋を訪れた。


「アビー、私よ。少し話しをさせてほしいの」


 あれからアビゲイルは、誰とも会話を交わしていない。あまりにも気まずく、顔を見ることも憚られて、逃げるように自室に籠っていたからだ。

 アビゲイルはロゼッタを中に入れると、そっと視線を彷徨わせた。


(どうしたら良いんだろう)


 先程の発言から、アビゲイルにはロゼッタがこの恋を思い出にしたくないのだと分かった。だからこそ、婚約者がいることを打ち明けたし、気持ちを言葉にした。

 国に仕える人間としては、ロゼッタの行動を諫めるべきなのだろう。

 この婚約がなくなれば、同盟は立ち消え、国の平和が脅かされる。ロゼッタの背には何千万人もの人間の命が託されているのだ。

 けれど、それと同じぐらい、アビゲイルはロゼッタの恋を応援してあげたかった。主の幸せを守りたかった。


(いっそのこと――――このまま私たちの無事が伝わらなければ、王女様は自由に生きられるのかもしれない)


 いけないことと分かりつつ、アビゲイルはそんなことを考える。

 その時、部屋に入って以降、ずっと黙っていたロゼッタが、徐に口を開いた。


「あのね、ライアン様にも私と同じように……婚約者がいらっしゃるんですって」


 消え入りそうな程、小さな声。ロゼッタの身体が小刻みに震えている。アビゲイルは思わず息を呑んだ。


「心配しないで、アビー。私、ちゃんと姫として生まれた責務を果たすわ。でも、でも……」


 静かに涙を流しながら、ロゼッタは顔をクシャクシャに歪めた。


「あの方もね、私が婚約者だったら良かったのにって。そう仰って下さったの。私はそれが嬉しくて……悲しくて」

「王女様……」


 ロゼッタはアビゲイルの胸に顔を埋め、涙を流す。
 まるで自分のことのように心が痛くて堪らない。

 その晩二人は一緒になって涙を流しながら、眠れぬ夜を過ごした。