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 それからしばらくは穏やかな日々が続いた。

 ロゼッタとライアンは馬が合うらしい。気づけばいつも行動を共にしていた。
 部屋で本を読むにも、森を散策するにも、何をするにも二人一緒。傍から見ていて微笑ましいくらいだ。

 本当は結婚を控える身であるロゼッタが、他の男性と仲良くすることは問題がある。けれどアビゲイルは、こんなにも楽しそうなロゼッタを見たことが無かった。

 幸いここにいるのは、アビゲイルとトロイの二人だけだ。たまにライアンの従者が食材を届けに来たり、何某かの報告をしに来るものの、決して長居はしないし、詮索もしない。ならば今しか許されぬ幸せに主が身を投じることを見逃すべきなのではないか。そう考えた。


「なぁ、アビゲイル。おまえ、一体いつまでここに隠れるつもりなんだ?」


 ある時、トロイがそう尋ねてきた。今はトロイと二人きり。読書を楽しむ主たちのために、茶を準備している所だ。


「――――――必要なだけ。あの方の安全が保障されるまでだ」


 小さくため息を吐きながら、アビゲイルが唇を引き結ぶ。

 恐らくあの日、ロゼッタ達を襲ったのは敵対国の刺客たちだ。
 ロゼッタはもうすぐ隣国の王子と結婚する。共に敵国へ対抗するため、同盟を結ぶための政略結婚。

 刺客たちはロゼッタを亡き者にし、二人の結婚を防ぐことで、同盟を白紙に戻したかったのだろうというのがアビゲイルの考えだった。


(王女様が襲われたことはどこまで伝わっているのだろうか)


 あの時の従者たちは皆、殺されてしまった。残っているのはロゼッタとアビゲイルの二人だけだ。

 もしかすると今頃、ロゼッタが廟に到着していないことを神職者たちが報告している頃かもしれない。