「王女様、如何しましょう」


 そう尋ねるが、アビゲイルの心は決まっていた。


(塔の中に入ろう)


 剣の柄に手を掛け、アビゲイルは塔の入り口を睨みつける。

 もしも中にいるのがロゼッタを襲った手のものであれば、殲滅する。違えば事情を隠して、しばらく身を寄せさせてもらう。こちらへ向かったときからそう決めていた。


「――――お前に任せるわ」


 ロゼッタはそう言って優しく微笑んだ。

 幼いころから仕えているこの姫君は、アビゲイルに全幅の信頼を寄せてくれている。だからアビゲイルはその信頼に答えたかった。


「王女様は身を隠していてください。十分経っても私が戻ってこなかったら、この子に乗って逃げるんですよ」


 アビゲイルはロゼッタに馬を任せると、深呼吸を一つ。塔へと向かった。

 塔の入り口は埃をかぶっていて薄汚い。もしかしたら、塔の主が到着したのもつい最近のことなのかもしれない。
 耳をそばだてて中の様子を探ろうと試みるが、何の物音もしなかった。

 もう一度深呼吸をし、心を落ち着かせてからアビゲイルは塔の扉を叩く。


「ごめんください」


 けれど、待てど暮らせど反応は返ってこない。


(もう一度)


 ゴクリと唾を呑み込んでから、アビゲイルはもう一度、大きく手を振り上げた。


「あっ……!」


 けれど扉に向けて振り下ろした筈の手は空を掻き、アビゲイルは大きくバランスを崩してしまう。


「おっと……お前、女か?」


 気づけばアビゲイルの身体は、見知らぬ男に抱き留められていた。驚いて顔を上げれば、男の右手には短刀が鋭く光る。

 アビゲイルは素早く男の腕から逃れると、手にしていた剣を構えた。けれど男はアビゲイルを見つめたまま、切りかかってくる様子はない。


(…………あいつらの仲間ではない、のか?)


 警戒心は解かぬまま、アビゲイルはゆっくりと剣を下ろした。