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「まさかこんなことになるとは思わなかったわ」

「こんなことって?」

「この土地に戻ってくることだけは、二度とないって思ってたんだけど」


 馬車に揺られつつ、オルニアは小さくため息を吐く。荒れ果てた土地。疲れ切った人々。アダム達王族のせいで苦しんだ人々を癒すため、オルニアは今ここに居る。

 今回の一件で、エディーレン王国に隣接した土地の一部――――オルニアが生まれた土地だ――――を、クリスチャンが治めることになった。小さな領地ではあるが、オルニアにとっては、父や母との思い出の詰まった土地である。


「ありがとうございます、殿下」


 伝えたいことが多すぎて、上手く言葉に出来ない。けれどクリスチャンは穏やかに微笑み、オルニアを優しく抱き締めた。


「だけどわたし、言いそびれたことが一つあるんです」

「言いそびれたこと? 何だい? 何でも言って。驚きも、幻滅もしないから」


 ポンポンと宥める様に背中を撫でられ、オルニアはむず痒さに身を捩る。
 口を何度も開いたり閉じたりしながら、ゴクリと大きく唾を呑む。それから、金色に輝くクリスチャンの瞳を真っ直ぐ見つめた。


「わたしが好きなのは――――王子様なんかじゃありません」


 オルニアの言葉にクリスチャンが目を瞬く。彼は小さく首を傾げると、オルニアの顔をまじまじと覗き込んだ。


「わたしは、王子様が好きなわけじゃなくて、殿下だから――――クリス様だから好きになったんです! それを、あの時、あのバカに言ってやりたくて…………」


 心臓がドキドキと鳴り響く。頬が熱く、真っ赤に染まる。それはオルニアだけじゃなく、クリスチャンも同じだった。


「オルニア――――」

「好きです! わたしは、クリス様のことが大好きです!」


 顔から火が出そうな程に恥ずかしい。けれど、こんな自分でも、クリスチャンならば受け入れてくれる。確信を胸に顔を上げれば、彼は今にも泣きだしそうな顔で笑っていて。


「俺も、オルニアが好きだよ!」


 二人は顔を見合わせると、互いをきつく抱き締めるのだった。


(END)