「殿下!」


 その時、慌てた様子の騎士達が、一斉にクリスチャンの元へと駆け寄る。


「何事だ?」

「それが、先程ディルム広場に通り魔が出現し、十数名の民が被害に合ったとの報告が――――」

「通り魔!?」


 眉間に皺を寄せ、踵を返す。


「すまない、オルニア! 俺はすぐに現場に向かわなければならない。この埋め合わせはいつか必ず!」


 騎士達と顔を見合わせると、クリスチャンは物凄い勢いで街を駆けていった。


(通り魔、か)


 現場がどのような状況かは分からないが、被害が出ていることは間違いない。軽傷ならば良いが、重傷者も居るかもしれない。犯人が掴まっているのか――――未だだとしたら、被害が拡大する恐れもある。


(いずれにせよ、わたしには関係ないことね)


 クリスチャンは去り際に、騎士を一人だけ置いて行った。オルニアを無事、城に送り届ける様にとそう伝えて。


(逃げるなら今)


 ソワソワと落ち着きない騎士の方を振り向きつつ、オルニアは真剣な表情を浮かべた。


「あなたも、現場に向かいたいのでしょう? わたくしのことは良いから、早く行ってください」

「そういう訳には参りません! 私は殿下から、オルニア様をお守りするよう、固く言いつけられていますから」


 真面目な主人の元には、真面目な従者が付く。焦れったさを感じつつ、オルニアは首を横に振った


「そんなこと言って! あなたが行けば、罪なき民が救われるかもしれないんですよ!」

「ですが! 殿下の言いつけは絶対で――――」

(あぁ……もう!)

「だったら、わたくしもディルム広場に向かいます。これなら、殿下の言いつけを破ったことにはならないでしょう!」


 有無を言わさず走り出せば、騎士は焦ったように付いてくる。


(融通が利かない人間はこれだから嫌いよ!)


 面倒だ。厄介なことこの上ない。しかし、雑踏に紛れれば、オルニアが逃げやすくなるのもまた事実だ。
 自分にそう言い訳をしながら、オルニアは人混みを掻き分けて、広場の中央へと躍り出る。