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(さて、次はどの国に向かおうかな)


 地続きの大陸を、当てもなく歩き続ける。乗り合いの馬車を使うこともできるが、情緒に欠けるから嫌いだ。行先が決まるまでの間ぐらい、のんびりと過ごしていたい。
 行き交う人々。誰もオルニアのこと等気にも留めない。それで良い――――そう思ったその時、前方から歓声が湧き上がった。


「クリスチャン殿下だ!」
「殿下が御出ましになった!」


 耳を澄まし、冷静に事態を呑み込む。
 エディーレン王国の第三王子、クリスチャン。文武両道、眉目秀麗。兄達を凌ぐ優秀さを持ちながら、決して出しゃばらず、慎み深い性格をしている。その上、しょっちゅう城下を訪れては、民と頻繁に交流と対話を行っている。民衆からの人気が抜群に高い王族だ。


「素敵! こっちを向いてくれないかしらっ」
「本当に良い男ねぇ」
「殿下はどんな令嬢と結婚するんだろう? 楽しみね」


 飛び交う黄色声。
 兄である第一王子は隣国の王女を、第二王子は国内の有力貴族の娘を、それぞれ妃に迎えた。御年23歳のクリスチャン殿下が誰を選ぶのか――――結婚事情に、皆興味津々だ。


(あの人、わたしの依頼人になってくれないかなぁ)


 清廉潔白に見える人ほど、後ろ黒い何かを抱えている。排除したいと思っている貴族の一人や二人、居ても全くおかしくない。例えば、それが目障りな兄二人であったとしても、何ら不思議はなかった。


(わたしなら、あなたを国王にしてあげられるかもよ)


 そんなことを思いつつ、群衆に囲まれたクリスチャンを見遣る。