「やったぞ、ゼパル! もう少し渋られるものと思っていたが、本当に良かった! これで君を、名実ともに、この俺の婚約者に――――――あれ? ゼパル?」


 けれど、男が傍らを振り返った時、そこに居る筈の想い人は居なかった。辺りをどれだけ見回せど、シルバーピンクの髪色をした愛らしい少女は何処にも居ない。目に留まりやすい鮮やかな藍色のドレスさえ、会場の何処にも見当たらなかった。


「ゼパル? おい、何処に行ったんだ、ゼパル!」


 男がマヌケな声を出す。先程までの勝ち誇った表情は何処へやら。あまりにも情けないその様子に、周囲の人間は嘲笑を漏らす。


「違っ! おい、ゼパル? もう怖がらなくて良いんだぞ! 俺がお前を守ってやるから!」

(――――憐れな男)


 会場の出口で、一人の少女がため息を吐く。
 煌めく星色の髪、空色の大きな瞳。小柄だが、堂々としたその立ち姿故、実際の身長よりもずっとずっと大きく見える。

 彼女の名前はオルニア――――先程まで『ゼパル』と呼ばれていた少女だ。



「出して頂戴」


 予め用意されていた馬車に乗り、オルニアは気だるげな声を出す。何処か退廃的な空気。そこには愛らしさの欠片も見えはしない。
 馬車がゆっくりと動き出す。この間、オルニアを追う者も、見咎めるものも、誰も居ない。会場の喧騒が次第に遠ざかっていく。オルニアは小さくため息を吐いた。