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 それから数日後。ノエミは憂鬱な気持ちで、一人馬車に揺られていた。

 あの日以降、ジュールには会っていない。体調が悪いらしく、学園をずっと休んでいたからだ。


(ジュール……)


 本当は看病をしに行きたかった。顔を見れば辛くなるし、これ以上一緒にはいられない。それでもノエミは、ジュールに逢いたくて堪らなかった。




「お帰りなさいませ、お嬢様」

「ただいま。……あれ? お父様とお母様は?」


 屋敷に着くなり執事や侍女達が笑顔で出迎えてくれる。ラヴァリエール家に以前から仕える、数少ない使用人たちで、ノエミにとって家族のような存在だ。
 けれど、出迎えの面々の中に、ノエミの両親の姿が無かった。


「旦那様と奥様はお客様のお相手をしていらっしゃいます。さあ、お嬢様もすぐに向かわれてください」

「えっ……もう? だけど、ステファヌ様がいらっしゃるのは明日では?」


 手紙の期日が間違っていたのだろうか。ノエミが首を傾げると、使用人たちは首を横に振った。


「いいえ。今いらっしゃっているのは、お嬢様のお客様ですから」

「……え?」

(わたしにお客様なんて……)


 普段、学園で生活しているノエミを訪ねる人間など思い当たらない。
 戸惑いつつも、ノエミは客間へと足を運んだ。



「旦那様、お嬢様がお戻りですよ」


 さあ、と中へ促され、ノエミはゴクリと息を呑む。中からは誰の声も聞こえない。ドアノブに手を掛けたまま、ノエミはゆっくりと息を整えた。


(まさか……まさか…………)


 緊張と、ほんの少しの期待。ノエミが意を決したその時、ガチャっと音を立ててドアが開いた。


「ノエミ」


 自身を呼ぶ優しい声音。その瞬間、ノエミは瞳を潤ませた。


「ジュール……!」


 逞しい腕がノエミを優しく包み込む。温かい笑顔。涙が一気に溢れ出した。