(だけど、わたしが『他の男と結婚したくない』なんて言ったら、ジュールを困らせるだけだもの)


 それではまるで、重い鎖をジュールに背負わせるようなものだ。出来もしないことを強いるなんて馬鹿げている。責任感の強いジュールに罪悪感を抱かせ、苦しめるだけだ。


「ノエミ……」


 込み上げてくる想いが、ノエミの喉を焼く。涙が零れ落ち、まともに前を見ることもできない。
 ノエミはジュールの胸に勢いよく抱き付くと、彼の背に腕を回した。


「ジュール、大好き! ずっとずっと、ジュールが好きだよ!」


 それがノエミが口にできる、精一杯の言葉だった。
 縁談を断ることができない上、結婚してほしいとも、ずっと一緒に居たいとも言えないノエミが出来る、最大限の意思表示。

 ジュールは何も言わないまま、ノエミのことをギュッと抱き返した。普段ならば嬉しくて堪らない筈なのに、ジュールにポンポンと背中を撫でられる度に、悲しさがグッと込み上げてくる。肩口に埋められた顔が熱く、それがジュールの想いを物語っているようだった。


(もう十分)


 ジュールは確かにノエミのことを想ってくれている。最後にそう感じられただけで、ノエミは十分幸せだった。
 ゆっくりと腕を解き、ジュールの顔をそっと見上げる。

 さよならは言わない。けれど、自分の笑顔を覚えていてほしい――――ノエミは涙でグチャグチャになった顔で、必死に笑顔を浮かべて見せる。


「――――俺もノエミが好きだよ」


 けれどその時、ジュールはそう口にして、ノエミの額へと口付けた。収まっていた筈の涙がポロポロと零れ落ち、ノエミは手のひらで顔を覆う。


(ジュールの馬鹿)


 ノエミにはどうやったって、この恋を終わらせられる気がしなかった。