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(そんな……)


 悲しいことにノエミの予想は当たっていた。
 領地で暮らす父親から送られてきた手紙を読みつつ、ノエミは眉間に皺を寄せる。


(わたしに縁談が来るなんて)


 何度読み返してみても、書かれている内容に誤りはない。

 手紙によればこの日、ノエミの家に、とある実業家からの遣いが訪れた。王都でもやり手だと噂になっている、ステファヌ・ホックリーだ。使者はステファヌからの求婚の手紙と一緒に、多額の金銭を持参していた。


(爵位目当ての求婚……か)


 商売で成功した人間が、金の次に欲するものが身分だ。財政難に陥っている貴族に目を付け、結婚を持ち掛けることで爵位を得る。箔が付くし、上流階級とのパイプを手に入れられるので、商人側にも、困窮している貴族側にも、双方にとってメリットのある契約だ。


(こんな機会、またとないわ)


 持参金もままならないノエミに、貴族からの求婚はあまり期待できない。結婚によって得られるものが殆どないからだ。


(――――ジュールはどう思うだろう)


 父親からの手紙を胸に抱きつつ、ノエミは唇を引き結ぶ。

 ジュールはあくまで恋人だ。婚約者ではない。ステファヌとの婚約が成立すれば、二人には別れる以外の道はない。

 かといって、ジュールがノエミと婚約することも無いだろう。互いに想い合うことと、結婚とは別の問題だ。家柄も金も、当事者以外の要素が大きく絡んでいる。


(ジュールだって、わたしと結婚できるとは思っていないはずだもの)


 二人が結ばれることは無い――――そんなこと、ノエミ自身が一番よく分かっていた。