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 建物を出た後も、ジュールはノエミの隣にいた。てっきり出口で別れるものと思っていたノエミは、小さく首を傾げる。


(わたしはまだ一緒に居られて嬉しいけど……)


 良いことが続くと、何となく怖くなってしまう。ノエミはそっとジュールを見上げた。


「あの、ジュール様。男子寮は反対方向では?」

「そうだよ。だけど、暗いしノエミ嬢一人じゃ危ないだろう?」


 ジュールはそう言って、ほんのりと首を傾げる。


(あのジュール様がわたしを心配してくれるなんて……!)


 一緒に居たのが誰であれ、ジュールはきっと同じことを言っただろう。けれど、そうと分かっていても、ジュールに憧れているノエミにとっては、あまりにも嬉しいことだった。喜びに胸を震わせつつ、ノエミはゆっくりと立ち止まる。


「心配してくださってありがとうございます! すっごく嬉しいです。
だけど、わたしなら平気ですよ。毎日この時間まで図書館に居ますし、夜道を歩くのにも慣れてますもの。それに、学園内は安全ですから」


 努めて明るく口にしながら、ノエミはそっと目を伏せる。
 本当はこんな機会またと無いし、一秒でも長く、ジュールと一緒に居たい。
 けれど、一瞬でもノエミのことを大事に思ってくれた――――その気持ちだけで十分だった。忙しい彼の大切な時間を奪うわけにはいかない。そう思っていたのだが。