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 貴族の結婚は政略によるものが殆どだ。互いを碌に知ることなく、簡単に婚約が結ばれる。
 けれど、エルベアトはそれを望まなかった。一目惚れを貫くことも無い。あくまで互いをよく知ってから結婚へと進みたい――――そんな風に考えていた。


(綺麗な文字だなぁ)


 キーテから送られてきた手紙を撫でながら、彼はウットリと微笑む。

 あの日から、キーテとのやり取りが本格的に始まった。

 エルベアトは忙しい合間を縫い、せっせと手紙を送りつける。三日と置かずに届く手紙。けれどキーテは嫌がることなく、毎回丁寧に返事をくれた。

 手紙には主にその日起こったことを書くのだが、彼女の日常はエルベアトのそれと違って、変わり映えが無いのだという。
 外に出ることは許されず、部屋で大人しく過ごし続ける。その分、趣味は達人の域まで極めているらしく、先日は、見事な刺繍入りのハンカチを贈ってくれた。好いた相手からの贈り物は格別で、エルベアトは毎日嬉しそうに持ち歩いている。

 当然、屋敷にも会いに行っているのだが、残念なことに、その度にデルミーラの邪魔が入る。妹を心配しての行動だろうが、キーテとの仲を深めたいエルベアトとしては、とてももどかしい。
 このため、正式な訪問はさっさと切り上げ、バルコニーで会話を交わすのが常だった。


【実は今日、姉さまが主催するお茶会に出席したの。だけど、私は途中で気分が悪くなってしまって……皆に申し訳ないことをしたわ。折角楽しく話していたのに】


 書こうか書くまいか迷ったのだろう。この部分だけインクが滲んでいる。
 エルベアトの知る限り、キーテの体調はずっと悪いというわけではない。事実、逢瀬のタイミングで彼女が体調を崩したことは無く、顔色だってずっと良い。こんな内容の手紙を貰うのも、やり取りを始めて以降初のことだった。


【私はもっと、強くなりたい】


 そんな風に結ばれた手紙を読みながら、エルベアトは穏やかに目を細める。彼はそのまま、勢いよく立ち上がった。