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 月日の流れはあっという間で、殿下と異母姉さまは卒業の日を迎えようとしていた。


「婚約者として、一緒に夜会に出席してくれる?」


 殿下からそう尋ねられた時、わたしは嬉しさ半分、悲しさ半分で頷いた。


(きっとこれが、わたしが殿下と過ごせる最後の日になる)


 わたしに残された時間――――結婚まではあと二年。だけど、これ以上はとても耐えられそうにない。
 今以上――――これ以上アイザック殿下を好きになって、その上で彼を殺すなんて、わたしには絶対出来ないから。あんな風に愛されて、優しくされて、わたしが本気になった後で別れるなんて、とても耐えられないから。

 だから、彼とは今すぐ離れなくちゃいけない。

 そのために必要な種はしっかりと蒔いてきた。あとはそれが収穫されるのを待つだけだ。


(さすがに今度ばかりは、アイザック殿下も放っておけないと思うけど)


 それでも不安が完全に拭えたわけではない。殿下はいつも笑顔だから。いつだってわたしの想像を超えてくるから。だから、今回も彼に全てを見破られてしまうのではないか――――ついついそんなことを考えてしまう。


(ダメよ。このまま殿下と結婚したら、わたしは彼を殺さなきゃいけなくなるのよ)


 母の呪縛は日に日に強くなっている。毎日毎日『あいつを殺せ』と言われて、正気を保っていられることが不思議なくらいだ。いつかわたしに乗り移ったあの女が、アイザック殿下を刺し殺すか分からない――――そう思う程、あの人の恨みは苛烈で恐ろしい。


「行こうか、ローラ」


 美しい礼装に身を包んだアイザック殿下がわたしに微笑みかける。


「はい、殿下」


 わたしは何よりもこの人の笑顔を護りたい。だから、この先自分に何が起ころうと、後悔は全くなかった。


「お待ちください、殿下! その女はやはり、殿下に相応しくありません!」


 卒業パーティーの会場を目前に、わたしたちを呼び止めた声音。殿下と共に後を振り向いたわたしは思わず目を見開いた。