「君のその美しい瞳に目を奪われた」


 そう言ってアイザック殿下は身を乗り出す。


「白い肌も、薔薇色の頬も、愛らしい唇も、ローラの全てが愛おしい」


 小説でも滅多にお目に掛かれないような恥ずかしい言葉の羅列に、わたしは思わず息を呑む。
 気づけば殿下は立ち上がり、わたしの背後に立っていた。


「えっ……ちょっ? 殿…………」

「この柔らかい栗色の髪もそう。どんな宝石でも映えそうな美しさで、君へのプレゼントを見繕うのはとても楽しかった。着けてきてくれたんだね……嬉しいよ」


 アイザック殿下はわたしの耳元でそんなことを囁く。心臓がドッドッと凄い音を立てて鳴り響き、全身から変な汗が流れ出る。


「母が……そうしろと言うものですから」


 だから、わたしが望んでそうしたわけじゃない。そう言外に伝えると、殿下はクスクスと笑い声を上げた。


「それで良いよ。つまり、少なくとも君の家族は僕との婚約を望んでくれているんだろう?」

「それは――――――その通りですけど」


 今、わたしの意思で婚約を破談にしては、後で母からどんな仕打ちを受けるか分からない。
 だから、しばらくの間は流れに身を任せている振りをしなきゃいけないし、殿下にもそうと気取られないようにする必要がある――――そう分かっているのだけど。


「大丈夫。僕はローラを逃す気は無いし」


 そう言って殿下はわたしの手を取り、薬指にそっと口付ける。ビックリするやら恥ずかしいやらで、身体がビクッと跳ねてしまう。


「婚約してくれたら、僕のことを好きになってくれるよう努力する。君をきっと幸せにするよ」


 殿下の言葉はまるで粉砂糖みたいに甘ったるい。
 だけどわたしは、その甘さ故に、そこには絶対裏がある――――そんな風に確信できた。


(この婚約は絶対に、破棄できる)


 心の中でそんなことを思いながら、わたしは「よろしくお願いします」と答えた。