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 とはいえ、黙って言うことを聞いてやるつもりはサラサラない。わたしを育てるためのお金は全て父が捻出したものだし、母がわたしに与えたのは『王家を滅ぼすための知識と恨み言』だけ。

 それでも、最低限の望みぐらいは叶えてやろうと思っていたというのに、アイザック殿下のせいで全てがひっくり返ってしまった。


(母のせいで自分が死ぬなんて馬鹿げている)


 だったら、やるべきことはただ一つ――――この婚約を破棄することだ。


 幸い、わたしの目論みを成功させるための道筋は幾つもある。
 わたしとの婚約に反対するものを焚きつけるも良し、妃に相応しくない愚かな振る舞いを見せつけることも、他の令嬢に殿下を誘惑させることだって、幾らでもできる。暗殺なんかよりずっとずっと簡単だ。


 そうと決まれば迷っている暇はない。わたしはすぐに行動に移った。


 求婚の翌日、わたしは殿下に王宮へと呼び出されていた。
 落ち着いた雰囲気の宮殿の一室に二人きり。用意してもらったお茶にもお菓子にも手を付けることができないまま、わたしは殿下をおずおずと見つめた。


「あの……殿下」

「殿下だなんて堅苦しい。アイザックと名前で呼んで欲しいな」


 そう言ってアイザック殿下は穏やかな笑みを浮かべる。人の良い、聖人みたいな優しい笑顔だ。
 まだ二回しか顔を合わせていないというのに、どうしてこんなに警戒心なく、馴れ馴れしくできるのだろう。わたしには彼がちっとも理解できそうにない。


(わたし……やっぱり、この王家は放っておいても滅びると思うわ)


 人の悪意とか、敵意とか、そういうものに全く晒されずに生きているからこそ、こうして簡単に人を信用する。親や他の兄弟たちまでそうなのかは分からないけど、『平和ボケ』しているんじゃないだろうか。そう思えてならなかった。


「――――アイザック殿下はどうして、わたしを妃に?」


 気を取り直して、わたしは本題を切り出す。
 婚約破棄を成し遂げるにはまず、相手の本質を知らなければならない。密かに気合を入れつつ、わたしは身を乗り出した。


「理由ならこの間も話しただろう? 君に一目惚れしたんだ。もしかして、信じていなかったの?」


 そう言ってアイザック殿下は瞳をキラキラと輝かせる。