そんな彼女にとって、わたしは復讐のための一駒に過ぎない。

 愛してもいない男――――憎んでいる国の人間との間に出来た娘。正直、視界に入れることすら不快で、腹立たしい存在だったのだろう。

 けれど、彼女はわたしを復讐の手駒にすると決めていた。

 そのために、伯爵には娘のイザベラを妃とするよう働きかけつつ、わたしが侍女として採用されるための根回しをしていたわけだけれど。


(復讐だなんて……わたしは王家に対して何の恨みもないのに)


 日々繰り返される母の恨み言は、半ば洗脳のようなものだった。
 けれど、父からわたしに向けられる愛情は紛れもなく本物だったし、周りの人間も優しく接してくれる。だからこそ、わたしは正気を保ってくることが出来た。

 将来侍女になれたなら、最低限の情報を渡して母を黙らせよう。それに、侍女になれば、少なくとも母の恨み言を毎日聞かずに済む――――そんな風に思っていた。


(それなのに、わたしが妃になって、殿下を暗殺する?)


 そんなこと、出来るわけがない。
 っていうか、わたしが妃になれる筈がない。


「お母様、暗殺などせずともこの国の王家はいずれ滅びます。わたしを妃に指名するなんて、明らかに頭がおかしいですもの」


 求婚された張本人がそんなことを思ってしまうんだもの。周りの人間は尚更そう思っているに決まっている。


「いずれではダメなのよ! 私の目の黒いうちに、憎き王家に風穴を開けてやりたい。反乱因子ありと知らしめてやりたいのよ」


 そう言ってお母様はわたしのことを冷たく睨みつける。

 しかし、彼女の望みが叶うこと――――それはわたしが死ぬことを意味している。
 仮に殿下の暗殺が達成できたとして、無事に逃げおおせる筈がない。そうと分かっていて、この人はわたしに『死ね』と言っているわけだ。


「ーーーー分かったわ」


 ため息を吐きつつも、わたしにはそう返すことしかできなかった。