「無理です。わたくしにできるのは、邪気を浄化することぐらいで……魂を霊界に導くことも、生霊の想いを鎮めることもできないのです」


 シンシアの霊力では、ジュノーを成仏させることはできない。聖女ほどの魔力と霊力があれば或いは可能なのかもしれないが、そんな不確かなことはとてもじゃないが口には出せない。第一、この国には今、聖女が不在だった。


「だったら一体、どうすりゃ良いんだ⁉」

「俺たちに言うな。自分で考えろ」


 ウィリアムはキッパリとそう断言した。シンシアもウィリアムも、もうバッカスとは関係ない。あれ程忠告しようとしたのに、耳を傾けなかったのは彼の方だ。
 こうなった以上、ジュノーはきっと、バッカスを離しはしないだろう。シンシアとの婚約破棄を無かったことにすることも、他の令嬢と結婚をすることも不可能に違いない。バッカスは日々恐怖に震えながら、侯爵家の衰退を指を咥えて見ていることしかできないのだ。


***


 それから数年後。


「随分とやつれたお貴族さまですねぇ?」


 新たに就任した聖女はそう言って、あっという間にジュノーの魂を救ってくれた。
 今のバッカスは見る影もなくやつれ、側に女性が寄りつくことも無い。彼の父親であるゼウス侯爵は、ジュノーの怨念に耐え切れず、あれから数日後に亡くなった。彼の惨状を見かねたシンシアが、時々邪気を払いに来てくれたことが、彼の命を辛うじてこの世に繋ぎとめていた。


「一体、どんな悪いことをしたら、こんなヒドイ目に遭うんでしょうねぇ?」


 聖女はそう言って、彼女の後ろに控えている騎士の顔を見る。騎士の表情は『俺に聞くな』と語っていた。


「あっ、そうそう! わたしをここに呼んでくれたあなたの友人夫妻に、ちゃぁんとお礼を言った方が良いですよ! じゃないとあなた、数日以内に死んでましたから。まぁ、そうは言っても、今から若い御令嬢を掴まえるのは難しそうですし、これから先も色々と苦労を――――」

「皆まで言うな」


 バッカスは項垂れながら、盛大なため息を吐いたのだった。


※このお話に出てくる聖女は『聖女、君子じゃございません』のアーシュラです。


(END)