シンシアは、思わぬことに頬を染める。どうして今日、ウィリアムが同席しているのか、それがずっと不思議だった。見れば、ウィリアムも恥ずかし気に頬を染め、穏やかな瞳でシンシアを見つめている。


「急なことで驚いただろう? 後で、ゆっくりと話をさせてほしい。俺の気持ち」


 そう言ってウィリアムは、躊躇いがちに手を握る。シンシアの心臓がトクトクと鳴り響き、口元が綻ぶ。コクリと縦に頷いて、二人は微笑み合った。


「ハハッ。喜ばしい。実に喜ばしいことだ」


 バッカスは滝のように汗を流しながら、楽し気に笑った。今日は幾分マシなものの、体調不良が続いている。息子の狂気じみた瞳に、ゼウス侯爵が気づくことは無かった。


「手続きは別途必要だが、これで俺たちの婚約は破棄された。あとはジュノーのことだ」


 バッカスは満足気に微笑み、隣を見る。ゼウス侯爵は小さく頷きつつ、バッカスのことを見つめた。


「そうだ。シンシアとの婚約破棄と、ジュノー嬢との婚約は別の問題だ。一体、どういった家柄の娘だ? おまえが夢中になるぐらいだから、さぞや美しい令嬢なのだろうが……」

「ジュノーはスーサイディア伯爵家の娘ですから、家柄的には何も問題ないかと」

「……⁉」


 その瞬間、ゼウス侯爵は大きく目を見開く。彼の顔面は蒼白で、ブルブルと震えているのが見て取れた。


「父上?」


 大丈夫ですか、とバッカスの言葉が続き、ゼウス侯爵は胸を押さえる。心臓がバクバクと鳴り響き、全身から汗が流れ落ちる。


(まさか……そんなはずは…………)


 見ればバッカスは、空いている筈の彼の隣の席を見つめている。それがゼウス侯爵の不安を恐ろしいほどに掻き立てた。