「悪いことは言わない。今すぐ彼女と縁を切れ。おまえにはシンシアが――――」

「シンシアとのことは俺が決めたわけじゃない。親の決めた政略結婚だ。大体ウィリアムには関係ないだろう! 一体君は、いつからあいつの肩を持つようになった? まさかシンシアに懸想でもしているのか?」

「……だったらどうする」


 興奮気味のバッカスとは違い、ウィリアムは穏やかな声音でそう答える。真剣な表情。それが彼の気持ちを如実に表していた。バッカスは思わず声を上げて笑うと、ウィリアムの肩を叩いた。


「そうか。それは想定外だった。……いや、俺としてもそちらの方が都合が良い」


 うわ言のようにそう呟くバッカスを、ウィリアムは黙って見つめている。元は物腰が柔らかく、悠然とした佇まいのバッカスが、今は見る影もない。まるで、何かに取り憑かれたかのように目が据わり、身体が小刻みに震えていた。


「俺はシンシアとの婚約を破棄し、ジュノーと結婚する! シンシアとはおまえが代わりに結婚してやればいい! どうだ、良い考えだろう!」


 ウィリアムはバッカスの提案に軽く目を見開いた。彼がここまで毒されているとは、思いもよらなかったのだ。


「……待て、冷静に考えろ。君の父上――――侯爵様にまだなんの相談もしていないだろう? 君はもっと周りの意見に耳を傾けた方が良い。あの女性……ジュノーは――――」

「皆まで言うな」


 バッカスはウィリアムの眼前に手を突き出す。ウィリアムはしばらく押し黙っていたが、やがて「分かったよ」と小さく返した。