(あっ……まただわ)


 シンシア・フィールディングは静かに息を呑んだ。視線の先には、婚約者であるバッカスと、最近よく見かけるようになった御令嬢――――名をジュノーというらしい――――がいて、楽しそうに微笑み合っている。


「また来てるな、あの女」


 そう声を掛けてきたのは、バッカスの友人であり、シンシアとも幼馴染のウィリアムだ。眉間に皺を寄せ、呆れたように嘆息するウィリアムに、シンシアは困ったように微笑んだ。


「はい。余程バッカス様を気に入ったのでしょうね」


 バッカスとジュノーの間に流れる雰囲気は、とても婚約者が他にいる人間のそれではない。親密で、完全に二人の世界という感じだ。


「良いの? あれ。放っておいて」

「……一応忠告したのですが、聞く耳を持たれませんでした。いつもの小言だと思われたみたいで」


 シンシアはそう言って軽く目を伏せる。

 バッカスの側にシンシア以外の女性がいるのはいつものことだ。
 彫りの深い目鼻立ちに、艶やかな黒髪、均整のとれた身体つきで、放っておいても女性の方から寄って来る。それは貴族の令嬢であったり、側付きの侍女であったり、平民の娘であったり。彼女たちの熱狂ぶりは、信者や崇拝者と言った言葉がしっくりくるほどだ。

 しかし、そこで『婚約者がいるから』と謙虚であれば良いものの、バッカスが来るものを拒むことは無かった。婚約を結んだばかりの幼いうちは良かった。その頃はまだ、あちこちに好意を安売りしている、程度に思えたし、言い寄る方だって本気じゃなかった。
 けれど、バッカスの女癖は年々酷くなる一方。シンシアもシンシアの父親である伯爵も、彼のあまりの節操のなさに苦言を呈してきたものの、バッカスも彼に群がる女性陣も態度を改めることは無い。それどころか、止められた方が燃えるとばかりに、事態は悪化の一途を辿った。