「だっ、だけどネリーンはいつも笑顔で、滅多に口を開かなくて……!」

「母からきつく言いつけられていましたの。『必要以上に口を開かないように』と。ひとたび口を開けば、延々と毒を吐き続ける――――わたくしはそんな娘でしたから。けれど、想いを呑み込んだまま、顔に出さないでいるのは難しい。そう伝えましたら、『どんな時でも笑顔でいなさい。そうすれば、どす黒い感情もこの毒舌も、何もかも全てを隠し通せる』と、そう教わったのです。ですからわたくしは、この3年間、ずっとこの笑顔で平和な学園生活を守り通してきました。――――最後の最後で、救いようのないバカ男に台無しにされましたけれども」


 なるほど、これまで俺たちが見てきたネリーンは、彼女の努力によって作り上げられた仮の姿だったらしい。


(結構大変なんだよな……笑いたくないのに笑うのって)


 王太子として、俺は『不快な時ほど笑え』と幾度も教わって来た。相手に本心を悟られないよう、付け入る隙を与えないように。それこそが、人を統べるものに必要なスキルなのだと。


「じゃぁ、どうしてこのタイミングで!?」

「……そんなこと、少し考えれば分かりますでしょ?今日がこの学園最後の日だからです。もう己を取り繕う必要も、嫌なことに無理して付き合う義理もございませんから」


 そう言ってネリーンは大きく深呼吸をする。
 憑き物の堕ちたかのような彼女の表情は、これまでの造り物のような美しさとは違って魅力的に映る。心臓までドキドキと騒ぎ始めた。これはヤバい。


「ところで、キトリ様」


 ネリーンはそう言ってキトリの方を向いた。
 見ればキトリは、婚約破棄を言い渡された令嬢とは思えない程、ニコニコと朗らかな笑みを浮かべている。


「あなたはこの展開を――――狙っていらっしゃいましたね?」

「…………え?何のことかしら?」


 ふふ、と笑いながら、キトリはそっぽを向く。声に悲痛の色はなく、むしろ歓喜に弾んでいるように思えるのは、きっと俺だけじゃない。これは確信犯だ。