(アルバート)


 進行方向には婚約破棄をしたばかりの、アルバートの姿。傍らには彼の次のお相手であるミリーがいて、穏やかに微笑み合っている。

 今すぐこの場から逃げ出したかった。足が震えて、心臓が痛くて堪らない。

 けれどその時、わたくしの手がギュッと握られた。見れば、エリオットが優しく微笑みながら首を横に振っている。


「ねぇ、エリオット。わたくし今、どんな顔をしている?」

「……綺麗だよ、すごく。物凄く悲しくて堪らないって表情になってる」


 ポロっと涙が零れ落ちて、それからわたくしは笑った。


(そっか。これまでどうやったって無理だったけど、今、わたくしは感情を表に出せているんだ。……だったら、このまま逃げたらダメだ)


 ほんの少し、一ミリだけでも良い。アルバートに自分の気持ちを伝えたくて、わたくしは一歩、また一歩と先へ進む。身体が震えるし、怖くて堪らなかったけれど、エリオットの手がわたくしを包み込んでくれるから勇気が出た。


「おはようございます、アルバート様」


 アルバートの隣を通り過ぎるその時、エリオットはそう口にした。心臓がバクバクと鳴り響いている。唇をギザギザに引き結んだわたくしを見て、アルバートは愕然とした表情を浮かべた。


「あっ……あぁ、おはよう」


 その動揺っぷりに、わたくしは本当に、彼へ感情を見せたことが無かったのだなぁと思い知る。エリオットはわたくしの手を引くと、大股歩きでその場を後にした。


「クリス、大丈夫?」


 滅多に人の来ない裏庭にわたくしを連れ出し、エリオットがそう尋ねる。肩で息をしながら、わたくしはコクコクと頷いた。涙がポロポロと零れたけど、心がほんのりと温かい。こんな場所で、こんな風に涙を流すのは初めてだった。


「平気。ねぇ、わたくし、今笑えてる?」


 まだまだ悲しみは癒えないけれど、今のわたくしには笑顔が似合う気がした。
 初めてアルバートに感情を見せることができた。彼のあんな表情を見られた。それだけで、堪らなく嬉しいと思う。


「……うん。めっちゃ笑顔になってるよ」


 そう言ってエリオットは穏やかに目を細める。何でか胸がドキッとした。