「あっ、ちょっと……隠れて!」

「なんだ、いきなり」


 ルルがアベルを茂みの方へ引っ張っていく。それから数秒後、カインとヴァレリアが庭園へと姿を現わした。


「一体どうして、二人がこっちに向かってるってわかったんだ?」

「そんなの当然、兄様の声がこっちに向かってるのが聞こえたからよ」

「……筋金入りだな」


 そんな会話を交わしつつ、二人は茂みの間から、カインとヴァレリアを覗き見る。
 部屋に居る間に打ち解けたのか、カインとヴァレリアは穏やかに微笑み合っていた。ルルにするのと同じように、カインはヴァレリアの歩調に合わせて歩く。


(兄様……)


 ルルの胸がチクリと痛む。カインの左側はずっと、ルルだけの特等席だった。腕は組んでいないものの、いずれはそれすら、ヴァレリアのものになってしまう。そう思うことが、とてつもなく悲しい。


「ヴァリー」


 けれどその時、野太い声がルルの耳を捉えた。見れば隣で、アベルが声を上げんばかりに泣いているではないか。


「ちょっと! 泣かないでくださいよ」


 さすがのルルも、これにはドン引きした。持っていたハンカチを渡し、涙を拭くよう促す。アベルはハンカチに顔を埋めつつ、肩を震わせていた。


(なんだか、兄様とは正反対の人だなぁ)


 カインはいつだって、カッコいいを貫く人だった。悩んでいる所や迷っている様子をルルには決して見せない。何があっても『大丈夫だよ、ルル』と、彼女を優しく導いてくれるのだ。


「大丈夫ですよ、きっと」


 無意識にそう口にしながら、ルルはカインたちをそっと眺める。
 二人の結婚をぶち壊したい――――その想いは未だ強く存在している。
 けれどそれと同時に、これまでとは違った何かが自分の中に芽生えるのを感じていた。