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(何よ、ここからじゃ全然見られないじゃない)


 心の中で悪態を吐きつつ、ルルは大きくため息を吐く。
 侯爵家の庭――――先程案内された部屋の周りを、ルルはピョンピョン飛び跳ねる。伯爵や侯爵には『少し庭を見て回りたい』と言って、一人にしてもらった。目的は当然、カインとヴァレリアの様子を観察する為である。


(兄様が結婚なんて、ぜっっっったいに認めないんだから!)


 相手がどんなに美人で、どんなに良い子だろうが、そんなことは問題ではない。カインがルル以外の誰かのものになってしまうことが、堪らなく嫌なのだ。


(どうしよう……なんとかして中が覗けないかな…………)


 そう思いつつ庭を見回していると、ルルは思わず目を丸くした。少し離れた茂みの向こうで、黒い髪の毛がピョンピョンと揺れ動いているのが見える。


「ここからじゃダメだな」


 そんな声が聞こえて来たかと思うと、一人の男性が颯爽とこちらに向かって歩いてくる。思わず身を縮めたものの、男性にはルルの姿が見えていないらしい。男性が見つめるのはただ一ヶ所――――ルルが覗こうとしていたのと同じ窓に目が釘付けになっていた。


「やはり、ギリギリ見えないか」


 そう言って男性は大きなため息を吐く。


「あの……」


 ルルは思い切って男性に声を掛けた。ビクッと身体を震わせ、男性がルルのことを見る。黒髪に眼鏡、紫色の瞳をした、理知的な印象の若い男性だった。


「君は確か……」

「カインの妹のルルでございます。あなたは確か……」

「ヴァレリアの兄のアベルだ」


 先程も自己紹介をした筈なのに、殆ど記憶に残っていない。ルルにとってアベルは『何となく見たことがある人』程度の認識だった。「どうも」と互いに挨拶を交わしつつ、二人は窓をじっと見つめた。