「婚約は家同士の約束だ。ウェヌスから婚約を破棄されるまでは諦めようと――――気持ちを封印しようと思っていた。
だけど、ウェヌスから婚約が破棄されて……俺はアグライヤに結婚を申し込もうと決心した。たとえ君が俺のことを友達としてしか思っていなくても、時間を掛けて愛情を伝えて行こうと思っていた。
とはいえ、さすがに婚約を破棄されてすぐに結婚を申し込むのは不誠実だろう。そう思って我慢していたんだが」


 ヴァルカヌスの言葉に、アグライヤはあの日ウェヌスと交わしたやり取りを思い出す。


『わたしがウェヌス様に代わり、ヴァルカヌスと婚約させていただきます』


 勢いあまって口走ったセリフだが、ヴァルカヌスはあの時『チャンスだ』とそう思ったのだという。


「本当は何よりも一番に気持ちを伝えるべきだったのだろう。だけど……俺は怖かったんだ。もしもアグライヤに受け入れられなかったら……そう思うと、気持ちを告白することなんてできなかった。
だけど、どうか信じて欲しい。俺は本当にアグライヤのことが好きなんだ」


 ささくれ立っていたアグライヤの心がみるみるうちに癒されていく。小さく首を横に振りつつ、アグライヤはそっと目を伏せた。


「いや……わたしもお前と同じだ。怖かったんだ。本当の気持ちを伝えて、ヴァルカヌスが離れていくことが怖かった」


 友情ではない何かが互いの中に存在している――――そのことからずっと目を逸らしていた。後で傷つくことを恐れ、踏み込めなかった。


(ヴァルカヌスはわたしの友達ではない)


 アグライヤは心の中で噛みしめるように言葉にする。一抹の寂しさと大きな幸福感が彼女の胸を包み込む。


「アグライヤ――――君のことが好きなんだ。どうか、俺と結婚してほしい」


 ヴァルカヌスは懇願するように口にして、アグライヤの顔を覗き込む。アグライヤは目を細めつつ「喜んで」と言って笑うのだった。