「……え?」


 振り返ると、そこにはヴァルカヌスと顔面蒼白のウェヌスが居る。ヴァルカヌスは眉間に皺を寄せ、つかつかとこちらに歩み寄った。


「アグライヤは俺の婚約者です。口説くのは止めていただきたい」


 そう言ってヴァルカヌスはアグライヤを自分の元へ抱き寄せる。普段とは違い、どこか余裕のない声音。アグライヤは瞳を震わせつつ、ヴァルカヌスとアレスを交互に見遣った。


「正式な婚約は未だだろう? それに、君にはウェヌスがいるじゃないか」


 言いながらアレスは眉間に皺を寄せる。アグライヤの心も小さく軋んだ。


「確かに正式な婚約は未だです。
けれど、俺が結婚したいのはウェヌスじゃない。アグライヤだけだ」


 その瞬間、アグライヤは大きく目を見開いた。


(ヴァルカヌスがわたしと結婚したい……?)


 彼がどうしてそう思うのかは分からない。けれど、ヴァルカヌスはアグライヤの元に帰って来てくれた。ウェヌスではなくアグライヤを選んでくれた。そのことがあまりにも有難く嬉しい。


「嘘でしょう……? わたくしはアグライヤ様の代わりでしたの」


 その時、ウェヌスの声がアグライヤの耳に届いた。彼女は顔を真っ赤に染め、こちらに向かって歩いてくる。


(まずい)


 そう思ったものの、ウェヌスはアグライヤ達を通り過ぎ、真っ直ぐにアレスの元へと向かっていく。


「このわたくしがアグライヤ様に劣ると――――殿下はそうお考えなのですか?」


 言いながらウェヌスはアレスを睨みつける。アレスは平然とした表情で、ウェヌスのことを見下ろしていた。


「ああ、劣る。今のままでは、君にこの国の妃は務まらないだろう」

「そんなことはございませんわ!」


 そう言ってウェヌスは凛と居住まいを正した。先程ヴァルカヌスの元へ来た時とは全く面構えが違う。そんな彼女のことを、アレスは満足そうに見下ろした。


「――――ならば言葉ではなく行動で示せ。もう二度と、私の前で泣き言を申すな」

「当然ですわ」


 アレスとウェヌスはそんなやり取りをして、バルコニーから消えていく。後に残されたヴァルカヌスとアグライヤは、静かに顔を見合わせた。