「それは…………」

「さすがに『何も知らない』ということはあるまい。部下からは『王太子妃の器ではないから』と固辞されたと聞き及んでいる」

「――――――はい。わたしから付け加えるべきことは何もございません」


 アレスはアグライヤの顎を掴み、半ば強引に顔を上げさせる。冷ややかだが燃えるような瞳がアグライヤを貫くように見つめた。


「私にはとても、そのようには見えない」


 そう言ってアレスはアグライヤを己の方へ引寄せる。小さく首を横に振りつつ、アグライヤはゴクリと息を呑んだ。


「君が中々首を縦に振らないせいで、ウェヌスに白羽の矢が立った。あれ程美しい令嬢、そうは居ない。美貌だけで国民からの人気を集められるからな。
だが、共に過ごすうちにわかった。あの娘に妃としての適性は殆どない。このままでは政に支障をきたす――――そう伝えたら、ウェヌスは泣きながら逃げ出したよ。彼女の元婚約者――――君が婚約をしようとしている男の元にね」


 その瞬間、アグライヤの胸がズキズキと激しく痛み始めた。アレスは不敵な笑みを浮かべつつアグライヤに向かってそっと片手を差し出す。


「あの娘には無理でも、君にはその資質がある。私の妃になって欲しい」

「ですが――――――わたしは……」


 どうしたいのだろう――――そんなことを考える。
 ウェヌスに泣きつかれた以上、ヴァルカヌスがアグライヤと結婚することは無いだろう。元婚約者と友達ならば元婚約者の方を優先させるに違いない。アグライヤたちの間にあるのはあくまで友情であって、愛情ではないからだ。


(わたしもいずれは誰かと結婚しなければならない)


 それならば――――とアレスの手を取りかけたその時、「お待ちください!」と馴染み深い声が響いた。