王太子アレス――――アグライヤ達の二つ年上で、銀色の長髪に碧い瞳が特徴的な、類まれなる美貌の持ち主だ。好戦的な性格で大層な自信家。その気位の高さからか、はたまた別の理由が存在するのか、御年十九歳の今日に至るまで婚約者が存在しない。


「なるほど……アレス殿下が絡んでいるなら納得だ。あの方の気性の荒さは貴族ならば皆が知っている。断るのは難しいだろう」

「――――その通りだ。元々ウェヌス自身は俺との婚約に乗り気じゃなかったし、嬉々として婚約破棄を突きつけてきたよ。
その代わりに、これまで我が家が伯爵家に行ってきた金銭援助については、王家が肩代わりをすると言っている。父上も納得し難いだろうが、致し方ないのかもしれない」


 ヴァルカヌスはそっと目を伏せ手元のティーカップを眺めていた。

(父上(ルビ)、か)


 ショックなのだろう――――そう思うと、アグライヤの胸が人知れずズキンと痛んだ。


「そうか。……残念だったな。長く婚約者として共に時を過ごしてきたのに」


 アグライヤの問い掛けにヴァルカヌスは返事をしない。無言は肯定を意味するのだろう。アグライヤは微かに微笑みを浮かべつつ、ヴァルカヌスのことを見上げた。


「だけど、ウェヌス様はあの性格だ。正式に婚約破棄が成立するまで時間が掛かるし、それまでの間に事態がひっくり返るかもしれない。だから……そう気を落とすな。ヴァルカヌスの元気がないと、こちらの調子が狂う」


 ウェヌスは良く言えば『天真爛漫で好奇心旺盛』、悪く言えば『移り気で不安定な性格』をしていた。王太子妃になることは貴族の令嬢として最高の栄誉だが、その分大きな責任や義務を伴う。土壇場になってウェヌスがアレスとの婚約を厭う可能性も高いことから、その隙をうまく突けば、復縁の可能性もあるとアグライヤは考えていた。


「いや……俺は至って元気だ」


 そう言ってヴァルカヌスは穏やかに目を細める。その笑顔はいじらしく痛々しく見えた。苦笑しつつもアグライヤはそっと目を伏せる。


「それなら良いが、何かあったらいつでもわたしを頼ってくれ。……大事な友達だからな」


 言葉とは裏腹に、アグライヤの胸がズキズキと痛んだ。