しかし、そう思いつつ、これまで必死で築き上げたものを壊すことも出来なかった。だから、内心は婚約破棄に怯えながら、それらを表に出すことも、事情を問いただしたり、自身の気持ちを伝えることもできなかったのである。


「アンジェラを不安にさせたかった訳じゃないんだ。けれど、相手の懐を探るには、俺が付入る隙を見せた方が都合が良かったから」


 そう言ってフレデリックはアンジェラの手をギュッと握る。アンジェラは首を横に振りつつ、ほんのりと俯いた。


「私は何も――――殿下のなさることに口を挟める立場ではございませんから」


 本当は胸が軋むほど苦しかったというのに、アンジェラの唇はいとも容易く偽りを紡ぐ。フレデリックは困ったように微笑むと、アンジェラのことをそっと抱き締めた。


「嘘ばっかり。シャーロット嬢を相手に、啖呵を切ってくれたんじゃなかったの?」

「そっ! それは、その…………」


 その瞬間、アンジェラの頬が真っ赤に染まる。

 シャーロットの証言は偽りだらけだったものの、一つだけ真実が紛れ込んでいた。


『フレデリックさまは私の婚約者です。これ以上手出しをしないで』


 それは、シャーロットと対峙した際、アンジェラが彼女に言い放った言葉だ。

 元々公爵家は、嫌がらせの相手を全く把握していなかったわけではない。けれど、アンジェラ自身に害を加えられた訳ではなく、『王妃ならばこの程度の嫌がらせに耐えるもの』との想いから、事を公にすることもなければ、事実を問いただすこともしなかった。

 けれど、長きに渡る嫌がらせの成果が全くないことに業を煮やしたシャーロットは、アンジェラが辞退するのを待つのではなく、フレデリックがシャーロットと結婚したいと思わせる方向に作戦をシフトしたのだ。

 それから二ヶ月。彼と親し気に言葉を交わし、頻繁にボディタッチをするシャーロットに対して、アンジェラはずっと我慢していた。けれどつい先日、勝ち誇ったように笑う彼女に対して、どうしても黙っていられなくなったのである。