「アンジェラに話があるんだ」


 男の声が冷ややかに響いた。色素の薄い金の髪が煌めき、鮮やかな翠の瞳がアンジェラを鋭く射貫く。彼の腕には大きな瞳を潤ませた女性が一人、ギュッとしがみ付いていた。


(――――ついにこの時が来てしまったのね)


 アンジェラの心臓がドクンと嫌な音を立てて鳴り響く。

 男の名はフレデリック。この国の王太子であり、アンジェラの婚約者だ。
 対する女性は伯爵令嬢シャーロット。小柄で緩やかな髪に、愛らしい顔立ちを持つ、アンジェラとは正反対の女性だ。


「承知しました」


 そう言ってアンジェラはクルリと踵を返す。
 今は夜会の最中だ。周囲を巻き込むわけにはいかないし、フレデリックも醜聞をさらしたくはなかろう。そう思っての行動だったのだが。


「嫌っ! 怖いわ……アンジェラさまと一緒に人気のないところに行くなんて嫌よ」


 異を唱えたのはシャーロットだった。ウルウルと瞳を潤ませ、上目遣いにフレデリックを見上げている。


「シャーロット嬢、けれどそれでは――――」


 フレデリックはほんのりと眉間に皺を寄せ、気遣わし気にアンジェラを見遣る。


「わたくしがあの方にされたこと、フレデリックさまもご存じでしょう? たとえフレデリックさまが付いて下さっていたとしても、恐ろしくて……。人の目の届かない場所に行くなんて、わたくしにはできませんわ」


 そう言ってシャーロットはしくしくと泣き始めた。声も大きいため、周囲の視線も徐々に集まり始めている。アンジェラは何も言わぬまま、毅然とした表情で二人のことを見つめていた。


「――――シャーロット嬢がこう言うんだ。仕方がないからここで話そうか」


 フレデリックはそう言ってニコリと微笑む。アンジェラは唇を引き結びつつ、コクリと頷いた。