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「アンナ、一体どうしたんだ?」


 挙式開始間近だというのに、アンナの顔面は蒼白だった。アンナの父親は娘をエスコートしつつ、普段とのあまりの差異に驚きを禁じ得ない。
 いつだって誇り高く、他人に隙を見せないアンナが、誰の目にも明らかな程に狼狽え、怯えているさまは、異様と言うしかない。


(本当は、今すぐここから逃げ出してしまいたい)


 あの男に会ってからというもの、アンナは他人の目が怖くて堪らない。皆が皆、アンナのことを蔑み、嫌っているかのように思えてくる。


(あるいはそれが、あの男の狙いだったのかもしれない)


 もしもアンナがこの場から逃げ出せば、タダでは済まない。王族に恥を搔かせた罪は重く、良くて国外追放、悪ければ命はない。
 アンナの自尊心を傷つけるだけでは飽き足らず、社会的に貶める。それほどまでにあの男は、アンナのことを憎んでいたのだ。


(だけどわたくし、あの男の思い通りになるなんて、絶対に嫌!)


 絶望の中、アンナは自分を奮い立たせる。その瞬間、式場のドアが勢いよく開け放たれた。
 列席者たちの視線が一斉にアンナに降り注ぐ。アンナは大きく息を吸い、それから力強く笑った。

 この場にいる誰よりも凛と美しくあろう。誰よりも自信に満ち溢れていよう。誰よりも幸せそうに笑っていよう――――それこそが、アンナのプライドだった。


(決して奪わせはしない)


 例え愛されることは無くても、お飾りの妻だとしても、自分を見失ってはならない。それが、アンナが導き出した答えだった。

 バージンロードの先で、エヴァレットがアンナを見つめている。瞬き一つすることない、優雅で誇り高い花嫁に、観衆は感嘆のため息を吐いた。