(サラが俺以外の奴と……?)


 アザゼルは思わずクラウドへと掴みかかった。クラウドは涼し気な笑みを浮かべたままアザゼルを睨み返す。

 けれどその時、アザゼルの部屋の戸がノックされた。怒りに煮えたぎっていたアザゼルも一瞬で冷静さを取り戻す。さすがに王族に手を挙げて無事では済まない。両親や姉、それからサラにだって火の粉が降りかかる可能性もあるのだ。


「誰だ?」

「アザゼル、私よ」


 返って来たのは思わぬ人物の声だった。


(サラ……)


 アザゼルの心境は複雑だった。つい先ほど、クラウドから大いに心をかき乱されたというのが理由の一つだが、アザゼルは段々とサラに対して冷たい態度を取るのが難しくなっていたからだ。

 顔を見れば撫でたくなるし、抱き締めたくなる。でろでろに甘やかして、ずっと自分の側に置いてしまいたい。
 矛盾だらけな自分の心。


(いや、矛盾だらけなのは最初からか)


 そんな風に自嘲しながらアザゼルはため息を吐いた。


「まさかこんな所まで来るとはな……」

「あのね、話があるの。大事な話。私――――――婚約破棄を受け入れるわ」

「えっ」


 サラが口にしたのは思わぬ言葉だった。アザゼルの心臓がバクバクと鼓動を刻む。クラウドから手を離すと、アザゼルは自分の胸に手を置いた。


(サラが受け入れる?俺との婚約破棄を?)


 アザゼルは部屋の入口までふらふら向かうと、そっとドアを開けた。

 サラは少し驚いた表情を浮かべたが、真っすぐにアザゼルを見上げた。


「アザゼルを元に戻すのは諦める。だから、この婚約は破棄して構わないわ」


 呼吸がうまくできない。まるで変な魔法にでも掛かったかのように、身体がうまく動かせなかった。


「そ、そうか」


 アザゼルはそう口にするのが精いっぱいだった。そして気づいた。アザゼルは、心のどこかでサラは諦めないと――――婚約破棄を認めはしないと、そう思っていたし、望んでいたのだ。けれど、目の前のサラには憂いもなければ迷いもない。もう決心しているのだろう。