「あの……お二人にお願いがあります」


 改まった様子を見せるサラに、それまで楽し気に談笑していた二人が小さく目を見開いた。

 普段のサラはどちらかというと大人しいタイプで、こういう風に改まった話をしたり、真剣な表情を浮かべるようなことはない。ラファエラ達は互いに顔を見合わせながら、真っすぐにサラへと向き直ってくれた。


「アザゼルとの婚約のこと…………もしもこの先、アザゼルが私との婚約を破棄したいと言ってきても、認めないでいただきたいのです」


 言いながらサラの瞳には涙が滲んで来た。先程、アザゼルの皮を被った悪魔と話していた時に処理しきれなかった驚きや悲しみ、やり場のない怒りや苦しみが一気に押し寄せてくる。

 ラファエラ達は驚きに目を見開くと、急いでサラへ駆け寄ろうとした。

 けれどサラは、首を横に振り俯くことも涙を拭うこともしない。真っすぐに前を見据え、二人に座るよう促した。


「ど、どういうことなの?サラちゃん」


 アザゼルの母親は困惑した表情でサラを見つめた。ソファの背に身を預けるようにして自身の胸を何度も撫でている。きっと、自分を落ち着かせたいのだろう。ラファエラはサラを見つめたまま眉間に皺を寄せた。


「アザゼルが……あなた達が婚約を解消するだなんてあり得ないでしょう?違う?」


 ラファエラの言葉にサラは唇を尖らせる。


(私だって、ついさっきまでそう思ってた)


 アザゼルと一緒にいると心地が良かった。楽しかった。結婚して、ずっとこんな穏やかな日々が続くのだとそう思っていた。

 けれど、アザゼルから『婚約破棄』の言葉を突き付けられたのは、紛れもない事実だ。どんなに信じがたくとも、その事実だけは受け入れなければならない。


「私は先ほど、アザゼルと会いました。そこで彼に言われたのです。私たちの婚約を破棄したい――――と」

「そんな、まさかっ」

「信じられないわ」


 ラファエラ達は口元を押さえながら、互いに顔を見合わせている。


「だってあの子、あんなにサラちゃんを可愛がっていたのに」

「そうよ!家にいたっていっつものろけ話ばかりするし、私が離婚して出戻った時だって『俺たちは姉さんみたいにはならないよ』なんて嫌味まで言ってきたのよ?そんなあの子が、まさか……」


 サラは二人に向かって小さく笑う。けれど、いつものように上手には笑えなかった。それだけで聡い二人にはサラの言うことが事実だと伝わったのだろう。二人とも悲し気な表情を浮かべた。