「なっ……アザゼル?あなた、本当にアザゼルなの!?」


 つい先ほどまでサラは、彼がアザゼルであることを疑いもしなかった。けれど今目の前にいる男性は、顔はアザゼルと同じ造りをしているが、ただそれだけだ。

 爛々と楽しげに細められた光り輝く瞳に、ニヤリと弧を描く唇。十年近く付き合ってきたが、サラはこんな風に笑うアザゼルを知らない。

 男はサラの髪の毛をクシャクシャとかき乱したかと思うと、声をあげて笑った。


「これで分かっただろう?お前の知ってるアザゼルはこの世にもういないわけ」


 まるで子供のようにあっかんべーをしながら、男は笑う。あまりのことに、サラはワナワナと唇を震わせた。


(こんなこと、信じられない!どうして、どうして!?)


 姿かたちや声がいくら同じでも、今目の前にいるのは、サラの婚約者だったアザゼルではない。そうサラは確信した。


「そういうわけだからさ、婚約は破棄!決定!だって無理でしょ、こんな俺と結婚するの」


 アザゼルのかたちをした男はそう言って楽しげに笑う。
 何が彼に起こっているのだろう。どうしてこんなことになったのだろう。サラの頭のなかは混乱を極めていた。



「な……納得できないわ。どうしてなの?アザゼル……どうして?何があなたをそんな風に変えたの?」


 アザゼルの身体に縋りながらサラが尋ねる。涙が自然に浮かび上がり,心がひどく痛かった。
 けれど男はサラを冷たく見下ろしながら,面倒くさげにため息を吐く。


「まるで悪魔に身体を乗っ取られたみたい……」


 天使が如く優しく穏やかで,いつも笑顔だったアザゼル。それが今や別人のようだ。悪魔が入ったとでも言わなければ説明がつかない。そうサラは思った。

 男はニヤリと笑うと、そっとサラの顎を掬う。驚きと戸惑いからサラの心臓がトクンと跳ねた。


「……ははっ。勘がいいじゃねぇか。もしも今、お前と話している俺が悪魔の化身ーーーーだったらどうする?」


 妖し気に光る男の瞳に,サラはたじろぐ。彼は先ほどの仮定に対し肯定も否定もしていない。